半世紀続く「700選」の伝説
大学受験に向けて本気で英語を学習したことがある人のうち、多くが手に取ったことがある「駿台の700選」。誰もが認める伝説的参考書なのですが、この175ページの薄い本、1000円札1枚で買うことができる本が、なぜ半世紀もベストセラーを続けているのでしょうか。
それは、この本の圧倒的実績が理由です。私の周囲にいる英語の達人と、英語学習について語り合ってみると、ほとんどの人が「700選」で英語を勉強しています。
では、なぜ「700選」は、このような実績を生んだ伝説になったのでしょうか。それは、さまざまなバリエーションがある英語表現を700の英語の短文にまとめて凝縮しているからです。この700の英文を繰り返し音読すれば、驚くほど英語が書けるようになるし、また、英語が読めるようになります。英語の基本を確立し、英語の応用力を伸ばしてくれる本なのです。
「700選」は1960年代に英語の短文集の決定版としての地位を確立しました。大学受験対策の英語の参考書は、毎年膨大な数が出版されていますが、暗記のための英語短文集として、この「700選」に並ぶ本は半世紀以上、出版されていません。
「700選」を書いたのはだれ?
「700選」の表紙を見ると、鈴木長十・伊藤和夫共編、と書いてあります。この2人は、日本を代表する予備校、駿台予備学校の英語科のリーダーでした。2人ともすでに他界されていますが、本はまだ命を保っており、いまだに多くの英語学習者に対して、英語の学習とは何なのかを示す、という役割を果たしています。
共編、という表現について考えてみると、共著ではない、というところが重要だと思います。つまり、2人だけが書いたのではない、という事実を、この共編という表現は示唆しています。つまり「700選」の中に収録されている英文には、歴代の駿台予備校で教えた数多くの先生たちの経験、知見が凝縮されているのです。
私が大学受験をしていた1980年代の初頭、伊藤和夫先生は英語のカリスマでした。東大・京大、国公立医学部のような難関大学を目指す受験生の多くは、伊藤先生の「英文解釈教室」や「700選」などを購入していました。
東大受験生時代、私は伊藤先生の著作と5冊ほど買い込み、英語学習の中心にしていました。また、東大を受験する直前の冬休み、私はどうしても伊藤先生の授業を受けたくなり、住んでいた名古屋から東京のホテルを予約し、お茶の水の駿台予備校に1週間だけ通い、伊藤先生の授業を受講した、ということもありました。1982年の12月のことです。
難解ゆえに「敵」が多い本
伊藤先生の著作は、難解です。数時間かけて格闘しても、2ページしか進まない、というようなことも、よくありました。
今の参考書は、分かりやすさを最優先に編集されています。伊藤先生の本のような難しい本は敬遠されます。その結果、英文解釈・英文読解(英語の和訳)という分野では、伊藤先生の「英文解釈教室」のライバル本が多数出版され、「英文解釈教室」を手に取らなくても、たとえば同じ駿台予備校の竹岡広信先生の「英文熟考」を使うことで、一定の成果を上げることは可能です。
しかし「700選」の場合は、類書がありません。英語の中級者・上級者に対して「この短文を覚えれば、和文英訳、英文和訳、両方で結果を出すことができます」と自信をもって推薦できる本は、他にはないのです。
繰り返しますが、伊藤先生の著書はどれも難解です。分かりやすさ最優先で書かれている本ではなく、時間をかけて考えながら読まなければならない厳しい雰囲気が漂う「昭和」の本です。その結果、伊藤先生の本については、悪口が広がっています。伊藤先生には「敵」が多いのです。
しかし、英語の名人といえるレベルまで到達した人たちが伊藤先生の本の悪口を言うのを、私は聞いたことがありません。つまり、伊藤先生はリトマス紙だと私は思うのです。伊藤先生をどのように評価するのかを聞いてみると、その人が自分の人生の中で、どのように英語に向き合ってきたのかが分かるのです。そして、その人の英語の実力も分かります。
「700選」で学ぶ際の注意点
じっくり、調べながら、考えながら、音を使いながら取り組む。これが「700選」を使って学ぶ際の注意点です。
この本は、文法を軸にした本なのに英文法の解説はないので、常に英文法の本を併用しながら、文法を調べながら学ぶ必要があります。
そして、途中で投げ出さないことです。この本の価値は、おそらくすぐには理解できないと思います。学習者のレベルが上がってくると、徐々に「ああ、そうか。だから、この英文がここに入っているんだ」ということが分かってきます。
時間はかかる本です。しかし、真正面から向き合えば、確実に結果が出る本です。
まずは10回、20回。そして100回、200回。考えながら、調べながら繰り返し音声を使って音読しましょう。この本こそ「1000回音読」(20世紀最高の同時通訳、國弘正雄が唱えた英語学習法)に値する英語参考書です。
・MP3版
・CD版
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